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The Thames Sea Forts - From War Machines to Eco Warriors


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petergronquist

www.petergronquist.com/

自己優越の誇示と背徳心は美術に成り得るか?

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「蟻と百足」

アリの前を通り過ぎようとするムカデがいました。
アリはその美しい歩き方見て、ムカデに聞いた。

「どうして君はそんなに足があるのに絡まないで歩けるんだい?」


「なぜなんだろう..」

これまで気にも留めていなかった事にムカデは真剣に考えた。
わたしは今までどうやって歩いていたのだろうか..

考えれば考える程ムカデは解らない。



そしてムカデはその場から一歩も動けなくなり、死んでしまった。




人は意識すると途端になにも出来なくなる事があるという話。
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伝えたい事がない訳ではありません。
伝えなければいけない理由が思いつかないので、

移植する。



「資本主義のいいところは、盲目的に、何を売っても構わない点にある。資本主義は何でも売り物にしようとする……。このシステムそのものは、実は悪ではない。それは盲目的なのであり、欲することはただ1つ、増殖してさらに多くをなすことにある」


「近代の産業社会、あるいはその中でも大企業によって構成されている部分は、本質的に計画経済だ。これはつまり、生産に関する決定は、市場に現れる消費者からの需要に反応してではなく、生産者の意向によって下されるという意味だ。こうした決定は、製品の市場価格に反映され、その価格で販売されるものを人々に確実に買わせるためのさらなる対策が取られる。この際に、究極の影響力を行使するのが権力だ」


「10代の頃からずっとラジオで聞き、感動してきたポップソングはどれも、裏金と引き替えに流されていたものだったのだろうか、と私は考えた。ああ、なんてことだ! ということは、当時の数少ない独立系のラジオ局以外では、私も『パブロフの犬』扱いされていたというわけだ――私は自分の耳でいい曲を見つけ、夢中になったと思っていたのだが、実はそれも、何も知らない私の脳にある種の音をたたき込むために調整されたプログラムがあってのことだった。私はすっかり操られていたのだ! 私が自分の意志で曲を好きになり、こんなものを好きになるのは自分だけだと思っていたが、そんな感情も、私の想像を超えた薄汚い連中によってこの頭に植え付けられていたとは」








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あぁ..チデジ..この際だからTVなんて要らん!と思いつつもそんな事無理なのは自分がよく解ってるさ。ただ、「うるさいだけのニュースを伝えるテレビのヴォリュームを下げてくれ


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These structures were commissioned by former Yugoslavian president Josip Broz Tito in the 1960s and 70s to commemorate sites where WWII battles took place (like Tjentište, Kozara and Kadinjača), or where concentration camps stood (like Jasenovac and Niš). They were designed by different sculptors (Dušan Džamonja, Vojin Bakić, Miodrag Živković, Jordan and Iskra Grabul, to name a few) and architects (Bogdan Bogdanović, Gradimir Medaković...), conveying powerful visual impact to show the confidence and strength of the Socialist Republic. In the 1980s, these monuments attracted millions of visitors per year, especially young pioneers for their "patriotic education." After the Republic dissolved in early 1990s, they were completely abandoned, and their symbolic meanings were forever lost.

From 2006 to 2009, Kempenaers toured around the ex-Yugoslavia region (now Croatia, Serbia, Slovenia, Bosnia and Herzegovina, etc.) with the help of a 1975 map of memorials, bringing before our eyes a series of melancholy yet striking images. His photos raise a question: can these former monuments continue to exist as pure sculptures? On one hand, their physical dilapidated condition and institutional neglect reflect a more general social historical fracturing. And on the other hand, they are still of stunning beauty without any symbolic significances.


これらの建造物は1960から1970年代、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国だった時代に、当時の初代大統領ヨシップ・ブロズ・ティトーが、当時の名だたる建築家に依頼し作らせたモニュメントだそうだ。冷戦時代に突入していた当時、ユーゴスラビアはソビエト連邦と手を組みながらも独自の社会主義国家を実現していった。記念碑は視覚的にわかりやすく、市場社会主義と共産主義の強さを象徴したものだそうだ。
1980年代には、この記念碑を見るために1年で数百万もの訪問客が訪れたという。特に「愛国主義」の名のもとに、若き先駆者たちが数多くを訪れたという。1991年、ユーゴスラビア紛争によりユーゴスラビアが事実上解体された後、これらの記念碑は放棄され廃墟となった。と同時に、記念碑のもつ記号的な意味は永遠に失われていった。

http://www.cracktwo.com/2011/04/25-abandoned-soviet-monuments-that-look.html



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肩幅ギリギリのビルとマンションの隙間をとぼとぼ歩くのだ。

1m先の暗闇にふと目をこらすと、50cm四方の穴が開いていて、迷わずそこに手を伸ばす。
プリンの中に手を入れたような感触が心地よく、最初はゆっくりゆっくり動かしていた手は、徐々に速度を高め、ついには超遠心力が加わり、僕の身体は手だけになった。
あぁまたやってしまったな..
10本中、7本にササクレがある指部は少し触れるだけで激痛が起こるのだが、それが直ぐに心体妄想 No'65、「αLEB」という事に気づく。
「αLEB」とは過去の遺失物に0.8秒後の思念を掛け合わせたものだが、さほど危険な心体妄想ではない。

さて、目が見えないのであまり動き回る事は出来ないが、手だけに手探りで闇を掻き回す。
「頭で考えるな!肌で掴め!」というブルース.リー先生の言葉を思い出したが、やはり頭が無いから肌で掴む事も無理だった。
10本の指を触手の様にうねうね動かしていると、右中指を握られる感触があり、咄嗟に左手でその指を掴み、グイッと引き寄せる。
すると「虚」という単語が、無いはずの頭の中に浮かんでその瞬間、BANG!!

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眩しい紫の光を浴びて立っていた。
空を見上げると、今まさに巨大なプリンが目前に迫っていた。


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ミシンの音が微妙に変わってきたので、今日はミシンメンテだス。
日頃のクリーニングと、今回は約一年ぶりに中のオイル交換。
さてどうなってるか。。


汚ね...
一年でこんな邪悪な色に。。
これ飲んだら確実に死ぬ..

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まずは中のネジを外して、古くなったオイルをトレーに出す。
キレイに拭き取って、金属メカ用のクリーナーをプス〜っと噴射。

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不織布で軽く拭きとって、新しいオイルをトクトク注入。

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これにてメンテ終了。

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雑考(陰)




物事をある側面だけを捉えて語るのは危険だと解っていても、人の考えにはやはり偏りがあり、中間の考えや答えは、時としてかっこ悪く思えてしまう。
偏りには強い意志と信念が大切である事は言うまでもなく、信念を持たずして、持てる意志は「一般的モラル」の許容範囲でしかない。
誰だって原発事故は悪だと理解できるが、これまで原発そのものを悪だと声高らかに批判してきた人はやはり少数派で、原発がなくても一般生活になんら問題はないという認識を、一般レベルまで引き上げる為のパワーが反原発、脱原発の運動家にはやはり足りないのだろう。

未来の危険より現在の利権が勝ってしまう現在の日本は資本主義の最も醜い部分の象徴であり、それは我々の日々の生活にまで確実に浸食している。

チリの有名な格言に「今日はあなたのために、明日はわたしのために」というのがある。
助け合いの精神を表すとても清々し格言だけど、何故か違和感を覚える人も多いのではないか?
それは、この格言の中に「見返りの要求」が当たり前のように含まれているからだろう。
この「見返りの要求」こそが、日本人のモラルに合わない事が多い。
見返りを求めて当然だと思う人も大勢いるだろうが、今回の震災で、より一層、見返りを要求しない姿勢を日本人の中にある事を感じた。
しかし、それが大企業となると、善意を一時的な投資と考え、未来の利益を想定しての善意という事になってしまう。
それもまた資本主義の基本だ。
善意に良い善意も悪い善意もないかもしれないが..


最近、東電の一般株主の一部が今回の事故で損をしたと、うだうだ言うてるらしい。
東電株の配当でぬくぬくと生活してきた人が多いからだ。
自分の生活を脅かすものとは断固として戦う姿勢と権利は民主主義の基本だが、戦うからには自分にもリスクを背負う覚悟が伴うのも民主主義の基本だ。
自分だけは無傷で意志を通せる、なんて事は断じてない。
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80年代のメジャーでもマイナーでもないニュートラルなミニマルエレポップバンドが好き。
特にPolyRockは高校生の時にレンタルレコードで貸りたまま、そのお店が潰れて20年以上貸りパク中。今思うと、よくこんなバンドの日本盤がリリースされたなと思う。








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